HANDBALLER

デフ
ハンドボーラー

ボールを追ったあの日の少年のままで止まった歳月とき46年を過ぎていた
失われた"とき"を取り戻すのではなく、新たな時間ときを楽しむために
ふたたびコートにかえる。

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ハンドボール歴

1980年4月~1983年3月の3年間

1980年はボクにとって「ハンドボール元年」。

神奈川県立平塚ろう学校(野球部に約1年在籍)から神奈川県大和市立大和中学校へ転校し、野球部に約1ヶ月、バスケットボール部に約1週間在籍したのち、恩師のスカウトを受けてハンドボール部へ。
そこから卒業まで、すっかりハンドボールにのめり込みました。

今振り返ると、学校の図書室にあったハンドボールのルールブックを読みあさっては、その世界大会の写真を頼りに見よう見まねでアクロバットシュート(死語?)を多数生み出していたくらいにのめり込んだなと。

試合では主にLW(左ウイング(左サイド))とRW(右ウイング(右サイド))を担当し、時にはLB(左バック(左45))、RB(右バック(右45))も経験。
練習ではPV(ピボット(ポスト))とGK(ゴールキーパー)もこなし、唯一経験しなかったのは司令塔のCB(センターバック(センター))でした。

大会の正式名称は失念してしまったのですが、当時の「県央ブロック」の夏季・冬季大会では常に3位以内に入賞できたこと(記憶が曖昧な部分もありますが)は、今となっては良い思い出です。

中学校を卒業し社会人になる頃は、時代の背景もあり、障害のある人がハンドボールクラブに所属することは難しく、ハンドボールを続けることを諦めざるを得ませんでした。
それでも、心の中からハンドボールが消えることはなく、ずっと忘れたことはありませんでした。

そして、2025年のデフリンピックをきっかけに再びハンドボールと繋がり、2026年、ついに恩師と再会することができました!
恩師は当時のクラス担任であり、ハンドボール部の顧問でもあった方です。
2026年度現在は神奈川県ハンドボール協会の顧問を務めていらっしゃいます。
46年のときを越えて実現した記念のツーショット。まさに感慨無量です。

恩師とのツーショット

Kazuo Shioya | Makoto Sakakibara

2026年1月46年ぶりに復帰して以来、練習会交流戦大会に汗を流しています。

プロフ

練習会は実戦形式なので個人技のブラッシュアップには苦労していますが、かつての勘と技術を取り戻せるよう頑張ります。
ぜひ、温かい叱咤激励をよろしくお願いいたします!

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スケジュール・アルバム

2026年1月1日~

2026年 1月